東亜ペイント事件 最高裁第二小法廷 昭和61年7月14日
人事権の行使として頻繁に行われる「配転」についてのリーディングケースとしてよく引き合いに出される東亜ペイント事件について検討します。
「配転」とは労働者の職務内容や勤務場所が長期にわたって変更されることとされています。期間が長くないときは「出張」であったり、「応援」であったりします。
使用者としては1)適材適所 2)馴れ合いの防止 3)キャリア育成の一環 4)解雇回避 5)懲戒 などをその根拠や理由としています。
【何が問題?(事実関係のまとめ)】
(起訴に至る事実関係を簡略化する)
Xは塗料などの製造販売を業としており、全国に15ヵ所の拠点を持つY社の従業員である。Xは神戸営業所で営業に従事していたところ、広島営業所の主任を内示されたが、家庭の事情で転居を伴う転勤には応じられないとして拒否した。Y社は名古屋営業所の主任を広島の後任とし、Xには名古屋への転勤を説得したが、この内示にもXは応じなかったため、YはXの同意がないまま名古屋への転勤を命令し、Xが従わなかったので懲戒解雇とした。Xは保母の妻、2歳の子、71歳の母とともに堺市内に住んでいた。
一審、二審はXの請求を認容し、解雇は無効としたが最高裁は原判決を破棄、差戻しとした。
【最高裁の決まり文句(判例文のキモ)】
(裁判所判例の中から教科書などでしばしば引用される部分を抜き出す)
(ⅰ)Yの労働協約及び就業規則には、Yは業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現にYでは、全国に十数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁に行っており、Xは大学卒業資格の営業担当者としてYに入社したもので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意はなされなかったという前記事情の下においては、Yは個別的同意なしに被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有するものというべきである。
(ⅱ)転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないが、当該転勤命令について業務上の必要性が存しない場合、または業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく越える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。
(ⅲ)業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務能率の増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。本件転勤命令については、業務上の必要性が優に存在し、本件転勤がXに与える家庭生活上の不利益は、転勤に伴い通常甘受すべき程度のものであるので、本件転勤命令は権利の濫用には当たらない。
【解説・今後の展望など】
配転に関してはまず使用者が配転を命じることができる根拠を検討します。キモ(ⅰ)で労働協約や就業規則で配転命令権が労働契約上で根拠づけられている場合がこれに相当するとしています。実際多くの就業規則で「会社は業務上の必要がある場合、配置転換を命じることができる」などの規定が置かれています。
こうした規定が存在した上で職種、勤務地を限定する特約がある場合にはその職種、勤務地の範囲が配転命令の範囲ということになります。勤務地限定の労働契約、医師や看護師として雇われている場合などがこれに当たりますが判例では特約が明確でないものは否定されることも多いようです。
こうして使用者に配転命令権が認められた上でキモ(ⅱ)では1)業務上の必要性がない場合、2)不当な動機・目的に基づく場合、3)労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を及ぼす場合、にはその配転命令は権利濫用として無効となると言います。(労働契約法3条5項)
また、キモ(ⅲ)では業務上の必要性について検討しますが、「余人をもって容易に替え難い」というようなまでの必要性はなく、冒頭やキモ(ⅲ)で列挙するような使用者の普通の業務の必要性の範囲内であればそれで足りる。とかなりハードルを下げています。
不当な動機・目的については退職に追い込むための配転、会社の経営方針に批判的な労働者を本社から排除する意図で行われた配転などがあげられます。また、不当労働行為の不利益取り扱い(労働組合法7条1項)にあたる配転なども当然無効となります。
「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」についておおむね判例は厳しくとらえる傾向にあるといえます。転勤に応じると単身赴任せざるを得ないという事情だけでは「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」とはみなされない場合が多くなっています。また配転によって通勤時間が片道1時間長くなり、保育園に預けている子供の送迎に支障をきたすといった事例でも認められませんでした。(ケンウッド事件 最三小判平12.1.28)
一方、その労働者が転勤してしまうと病気の家族を看護、介護できなくなるといったケースでは「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」として配転を無効とする判例も数多く見受けられます。
比較的最近の法律改正である2002年(平成14年))の改正育児介護休業法26条では配転によって子の養育または家族の介護に困難を生ずる状況になる労働者に対する使用者の配慮義務が規定され(育児介護への配慮義務)、また2008年(平成20年)の労働契約法3条3項では「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。」と規定し、使用者への仕事と生活の調和への配慮義務を課しています(ワークライフバランスへの配慮義務)。
これらの規定は配転に際し、事前に使用者に対し労働者のこれらの事情に配慮することを義務化していると同時に、労働者にも配転の内示等が提示された際に使用者に対してこれらの措置を要請することができる可能性を示しています。個別の面談、団体交渉の際などで要求していくことなどが考えられます。
配転命令は経営権として幅広くその有効性が認められる場合が多いという裁判所の傾向性を認識しつつ、育児や介護への支障の状況、配転後の労働条件の変化の状況などを検討する中で対応していくことが求められます。
(この原稿では検索等の利便のため判決の日をあえて「元号」で表示します)
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