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新世紀ユニオン発行のニュース

労政審から労使を排除する狙いは何処のあるか?

 厚生労働省は厚生労働大臣の諮問機関である労働政策審議会の構成が、現状では労働者と使用者公益代表で構成されているのを、「総合的・中長期的議論が不足している」として、労使を排除しようとする動きが出ている。労使が入ると論議が硬直化し、制度の見直しができない、と言うのが理由である。

 安倍政権が労働分野の規制緩和を今も進めているが、解雇の自由化や残業代ゼロの「高度プロフェッショナル制度」の導入を進めようとしているが労働組合側の反対で進まないので、労働政策審議会の構成を変え、労使を排除しようとしているのである。

 現状では、労働分野の規制緩和に先行してロックアウト解雇が広がり、ブラック企業の嫌がらせ解雇が広がるなかで、アメリカ並みの解雇の自由化の立法化を進めるうえで労働政策審議会の構成を変えなければならないところに、厚生労働省の規制緩和の遅れに対するいらだちが表れている。

 彼らのいう「総合的・中長期的議論が不足している」とは、解雇の自由化や残業代ゼロ法案を法制化するための議論が反対派がいてはできない事を指している。報道によれば、審議会の小峰法政大学大学院教授は「委員も労使同数である必要はない」と語っており、審議会の構成を変えて、過半数で労働分野の規制緩和を一気に進める意図を明らかにしている。

 日本経済がデフレで、国民経済が縮小を続けている時に、必要なのは労働政策立案者が戦後労働改革の原点に立ち返り、労働組合の力が資本主義の高成長には欠かせない事を社会政策的に理解することである。なぜGHQが労働改革で労働組合の力を強くしたかがまるで理解していない点に、日本の今日のデフレ経済下の長期の経済的停滞が生まれているのである。

 何でもアメリカと同じルールにする対米従属的思考は我々労働者は支持できない。解雇の自由化も残業代ゼロ法案もアメリカルールであり、そのことがアメリカで空前の格差社会につながったことを指摘しなければならない。アメリカにおける保護貿易主義、排外主義、「アメリカ第一主義」のトランプ大統領が自由化の逆転現象として生まれたことが教えているのは、グローバルリズムが反転し始めた事である。今もなを労働分野の規制緩和を進める厚労省の政策的誤りを指摘しなければならない。

 連合総研の調査によれば会社勤めの人の内4人に1人が「うちの会社はブラック」と認識している調査結果が出ている。日本社会に外国人への差別やヘイトスピーチが広がるだけでなく、長時間労働とパワハラによる強制労働化で、労働者のうつ病が急増し、過労自殺や過労死が急増している社会では、必要なのは規制緩和ではなく、規制の強化であることを指摘しなければならない。
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政府の「働き方改革」は間違っている!

 電通の高橋まつりさん(24歳)が過労自殺してから労働局が抜き打ちの立ち入り調査を行い塩崎厚生労働大臣も「極めて遺憾なケースだ。実態を徹底的に究明したい」と語って長時間労働にメスを入れ始めたかに見える。

 しかし国会では労働者のただ働きを合法化する「高度プロフェッショナル制度」(=残業代ゼロ法案)が審議されている。この残業代ゼロ法案は年収1075万円の管理職を対象にしているが、それは突破口を開けるためで、経団連は年収400万円を残業代ゼロにする事を以前から主張している。

 日本経済がデフレとなり、縮小再生産のサイクルに入ったのは労働分野の規制緩和で非正規化が進み、労働者の賃下げが進み、個人消費が長期的に低下を続けている点に原因がある。したがってデフレを克服するには大幅な賃上げと共に、長時間労働の是正、残業代割増率の100%への改正で、残業よりも人を雇うこと、人を雇うよりも省力化投資で生産性を上げることが企業が高い利益率を上げることができること、それへの政策誘導が必要なのだ。

 ところが政府の「働き方改革」は口先だけで、相変わらず時代遅れの長時間労働で、絶対的剰余価値獲得を目指す政策に過ぎない。長時間労働による絶対的剰余価値獲得よりも生産性を上げる相対的剰余価値獲得の方が、すなわち、設備投資で生産性を促す方が、けた違いに利潤が多いことを企業家は理解しなければならない。

 ところが小泉改革からの行革の流れをくむ安倍政権は、労働分野の規制緩和の絶対的剰余価値の追求ばかりで、結果日本経済は生産性が他の先進国よりも大幅に低下したのである。経団連や安倍首相はマルクスの資本論を学んだ方がいい。ドイツ経済が未だに拡大成長を続けているのは資本論を学んだ学者が多いからである。時代遅れの「高度プロフェッショナル制度」という残業代ゼロ法案の成立や裁量労働制の拡大を目指す安倍政権は愚劣としか言いようがない。

 我々が提案するように(1)最低賃金の1200円へのアップ。大幅賃上げ。(2)残業代割増率の100%へのアップ。(3)残業時間月20時間の上限設定。で省力化投資を促せば日本経済は拡大再生産へ転ずるであろう。長時間労働をさせるより人を雇う方が安あがりにで、さらに人を雇うより設備投資の方がけた違いに利潤が多いことを経営者は体験し、学んだ方がいい。

 安倍政権の「働き方改革」は規制緩和から規制の強化へと転換する内容でなければならない。長時間労働の禁止で設備投資を促せば、生産財生産分野も消費財生産分野も活性化するのは間違いない。安倍政権は労働分野の規制緩和をやめ、国民経済の拡大再生産へと舵を切るべきであろう。目先の強欲で莫大な利潤を失っているバカな財界人を安倍首相はキチンと教育し直した方がいい。
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安倍首相の集団的自衛権の路線は崩壊か?! 

 安倍首相が集団的自衛権の憲法解釈を変更したのは、中国拡張主義が5年で軍事費を2倍にするほどの大軍拡を見て、もはや単独での日本防衛は不可能、との判断に立っている。しかしその日米韓軍事同盟が愚かな政治家のせいで不確実だ。韓国がそうであり、トランプも政治は素人で予測がつかないのである。

 国連はロシア・中国・アメリカが反対する事案では拒否権があるので機能しない事態となっており、国連PKOも成功した例が少ない。ほとんど失敗している。国連が機能不全だからこそ日本政府は国連分担金を凍結している。

 アメリカの新大統領に保護貿易主義、「アメリカ第一主義」のトランプが勝利したのであるから、安倍首相の、アメリカの軍事力に依存する集団的自衛権の路線は既に破綻している。「日本は自分で核兵器を持ち北朝鮮と闘え」という人物(=トランプ)が日本を守るわけがない。

 安倍政権がこの集団的自衛権路線の崩壊を隠すために、南スーダンPKOの「駆けつけ警護」の任務を付加したのは冒険主義と言うしかない。南スーダンでは既に和平は崩壊し政府軍と反政府軍の間で戦闘が始まっている。軽装備の自衛隊が警護できるような状況ではない。

 中国政府はフィリピンを抱き込み、オーストラリアの政界を抱き込み、東南アジア各国を経済援助の「アメ」で懐柔している。既に安倍首相の中国包囲網外交は完全に崩壊しているのである。それなのに安倍首相はなおも「アメリカ第一主義」のトランプにすり寄り、相変わらず頼りにならないアメリカに依存している。トランプの強いアメリカと保護貿易主義は何処まで本当なのか予測出来ない。

 世界情勢がアメリカの1国支配が崩壊し、多極化しつつ中では、日本は自分の力で自国を守るほかないことを知らねばならない。中国が安倍首相を追い落とすために南スーダンで駆けつけ警護の自衛隊を攻撃させ、安倍首相の責任問題にする可能性を指摘しなければならない。

 安倍首相は対ロシア外交を成功させ北方領土を交渉で取り戻すには、また中国の侵攻から日本を守るためには対米自立を鮮明にするほかない。日本は自分の国は自分で守る決意をする以外に道がないことを知るべきである。自衛隊を攻守均衡のとれた防衛軍として増強することが早急に必要なのだ。
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トランプ次期米政権はタカ派色の政権か?!

 愚かな政治家を指導者にすると国が混乱すると言う例は隣国を見ればよくわかる。アメリカもこの例になるかもしれないので世界中が心配している。トランプ次期米政権の人事が明らかになっていきた。国家安全保障問題担当の補佐官にマイケル・フリン退役中将はイスラム教徒への厳しい言動が問題視されている。司法長官に指名されるジョセフ・セッションズ上院議員はメキシコ国境への壁建設を強く支持してきた人物だ。中央情報局長官(CIA)のマイク・ポンぺオ下院議員も強硬派で上記3人はいずれもイスラムへの強硬派である。

 マイケル・フリンはロシアに近く親ロシア派であり、イスラム過激派に強硬に反対している。つまりトランプ次期米政権は反ISであり、反イランであることは疑いない。トランプの「強いアメリカ」はこうした強硬派の人脈に支えられている。つまりアメリカ外交は中東重視になる可能性が強い。トランプが安倍首相と一番早く会見したので日米同盟は重視であるが、トランプは日本や中国がアメリカの雇用を奪っているとしており、トランプが関税を強化する政策を取ると、米中間の矛盾は激化する可能性がある。

 トランプの反TPPは間違いなく真っ先に実行するので、世界が保護貿易に突き進む可能性がある。トランプ新政権の関税強化の「アメリカ第一主義」は同盟国との摩擦を強め、アメリカ経済を危機に陥らせる可能性がある。そうなれば喜ぶのは中国であろう。トランプが同盟国に金を出させて強いマメリカを実行すると言っても、同盟国は何処もが財政危機なので限界がある。特に経済政策での保護貿易主義では物価が上昇し、アメリカ経済がダメになる可能性が強い。経済担当の人物がまだ不明なので分からないが、一番困難な人事となるであろう。

 世界の第一の脅威がイスラム教ではなく、中国覇権主義だと言う点にトランプ政権が気付くかが焦点だ。オバマと同じようにシリアやイラクのイスラム原理主義対策を軍事的重点にするようだと世界は混乱することになる。中東ではイスラム教の世俗化を推進することが重要なのだ。

 トランプは中国覇権主義の狂気のような軍事力増強を軽視してはいけない。しかしトランプの強硬派の人事は中東重視をうかがわせるものである。トランプ政権がアメリカをイスラム教との宗派戦争の泥沼にのめりこませるか?それとも中東はロシアに任せ、先に中国に強硬策を取るのか?保護貿易主義で世界恐慌を招くのか?いずれにせよ世界は、経済危機と戦争の危機は避けられないように見える。
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日本の長時間労働は規制緩和に原因!

 ニューズ・ウイークの報道によると日本の実質労働生産性は38.2ドル、これに対してフランスは60.8ドル、ドイツは60.2ドル、アメリカは59.1ドルであった。日本の労働生産性は主要先進国のなかで最低だったのである。

 実質労働生産性を製造業についてみると、生産性の差は少なくない。日本は35.5ドルで、フランスは60.8ドル、ドイツは60.2ドル、アメリカは59.1ドルでやはり日本は低い。

 2006年から2010年にかけて情報化資産装備率は日本は2.5%だったのが、イギリスは6.0%アメリカは5.7%、ドイツは4.3%だった。また人的資本への投資の上昇率で見るとアメリカやイギリスが2%~3%程度なのに対し、日本はマイナス11.3%だった。

 これらの数字が示しているのは、日本企業は設備投資で生産性を上げなければならないときに、労働の規制緩和で裁量労働等の労働時間の弾力化に力を入れ、長時間労働を盛んに行った結果なのである。設備投資による生産性はけた違いに伸びるが、労働時間の延長は限りがあるので、日本は生産性がマイナスになったのである。

 IT化による生産性の向上に他国が取り組んでいる時に、日本は長時間労働による野蛮な搾取に力を入れていた事に根本的間違いがある。マルクスの資本論を読めば、絶対的剰余価値の追求は一日24時間の限界があり、設備投資による相対的剰余価値の追求はけた違いに生産性を高め、利潤を増やすことができることは明らかだ。日本の大学がマルクス経済学を一掃したことのツケが表れている。

 ではこれを日本経済が挽回するには何をやればいいのか?安倍政権の「働き方改革」と称した規制緩和は辞めるべきで、必要なのは最低賃金の1200円へのアップ、残業割増率を100%にし、残業の時間規制を月30時間に制限すること。未払い賃金への賃金窃盗罪を新設して労働監督官に逮捕権を与えること。

 これによって省力化投資を促し、労働生産性を一気に欧米並みに引き上げることが重要である。人を残業させるより雇用を増やす方が安上がりにし、さらに設備投資がもっと安上がりな状況を生みだすべきなのだ。

 これによって労働力が不足するので、設備投資が避けられなくなる。個人消費が高まり、消費財生産分野の設備投資が促され、生産財生産分野も設備投資が増える。つまり安倍政権の労働分野の規制緩和がデフレの原因なので。これをやめて規制強化が必要なのである。

 長時間労働よりも生産性向上の設備投資の方が安上がりになる条件を作ることが政策として重要なのである。長時間労働やパワハラは社会の敵であることを鮮明にする必要がある。その為にはフランス並みのパワハラへの刑事罰を科すことも必要なのである。パワハラによる労働力の食いつぶし(=過労自殺)に経営者への刑事罰を科すことも急ぐべき事である。
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GPS監視で営業マンのサボりへの解雇は合法か?



 私は会社で営業の仕事をしています。ある日社長から頻繁に就業時間中に上司の許可なく勤務場所を離れた、として懲戒解雇され、同時に「予備的に普通解雇する」との解雇通知を渡されました。会社に詳しい解雇理由を聞くと分谷で私がサボって自宅に帰っていた資料を見せられました。営業車にGPSがつけられていたようです。おそらく1か月以上監視していたようです。

 確かに私は長い時は半日ほど家でサボったりしていました。また会社の解雇理由には、私が昼間サボっていながら残業して会社に損害を与えていたことを指摘しています。私は10年間今の会社で仕事をしてきました。担当顧客にはキチンと訪問して仕事はこなしていましたが、私は解雇を受け入れるしかないのでしょうか?なお就業規則は開示されていません。




 会社がGPSによる監視でサボりを認識したなら、あなたを出勤停止処分等で、サボりをやめるように警告し、それでも改めないなら解雇すべきです。10年も働いてきた人を反省の機会も、弁明の機会も与えず懲戒解雇するのは行き過ぎのように思われます。

 しかし弁護士に相談したところ、裁判所の判例によればこの事案は裁判で闘っても負ける、との判断です。問題は2点あります。第一にあなたが長時間、何回もサボっていること。第二に、サボっている日に残業して会社に損害を与えていること、この2点から裁判をしても負ける、との弁護士の判断です。

 御存じのように、労働者は誠実に能力を尽くして労働する義務があります。現在では科学が発展し営業マンでも営業車に付けたGPSや携帯電話のGPSによる監視で、サボっていることが分かるようになっています。しかし会社側は反省も弁明の機会も与えず、問答無用で懲戒解雇しています。就業規則も開示していません。

 しかも「予備的に普通解雇します。」としていますので、あなたの場合裁判ではなく、ユニオンの団体交渉で金銭解決を目指すほかないと思われます。参考にして下さい。
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日本の三大神話はもう来ない

 過去日本には三大神話というのがあったのを思い出す。「土地神話」(日本の土地は絶対に下がらない)「終身雇用神話」(一度入った会社には定年まで雇用を守られる。)「銀行神話」(日本の都市銀行は絶対に潰れない)

 平成2年に「土地神話」が崩れて、それから次々に日本の神話は崩れて行った。「失われた20年」とついこの間まで聞いていた気がするが20年どころかもうすぐ30年が到来しようとしている。
その間に生まれたものと言えば、「格差社会」と「成果主義」と「自己責任」というものだけではないか?

 今、日本の労働者は正に薄氷の上で日々怯えながら、時には自己保身のために仲間を売ることも有る、正々堂々と勝負するのではなく蹴落とすテクニックばかりに注視する時代だ。正しく「激動」と「混乱」の時代に突入している訳ですが、今を生きる我々労働者も「あぁ、あの頃は良かったなぁ」など思い出話で酒を呑んでいる暇などない!

 新世紀ユニオンに入って色々なことを学ばさせて頂いてます。ユニオンに入ってさえいれば大丈夫だろうとか!委員長がなんとかしてくれるだろうとか!これもまた「他力本願」であり自己努力を惜しんではいけません。こんな時代だからこそ「強固な共闘体制」を確立する時だと思います。

 先日のことですが大学生の甥っ子に将来はどうするんや?って聞くと「官僚!」と即答で返って来たのには少し驚きました。「理由は?」と聞くと「だって安定してるしみんなそう思っているで」まだ社会にも出たことのない若者が「安定」という言葉を選択肢に持っている。

 なんか虚しい気持ちにもなりましたが(笑)同時に「官僚」も「政治家」も成果主義制度を導入しろ!と思ってしまいました。そうすれば少しは「自己責任」の精神が養えるのではないでしょうか。
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ブラック社長の得意技 その2

 今朝のミーティングでの出来事です。「お前、朝出勤の時にエレベーター使っているやろ!」(最初は何を言っているのか意味が解らなかった)うちの会社は5建ての5階部分に有りますが、エレベーターを使う時もあれば使わない時も有ります。今日は使ってなかったので確認に行った社長が「うん?使ってないな」(エレベーターの電気代を払えとでも言いたいのか?と思いましたが?)

 「まぁ、いつもお前が使っているかどうか監視カメラを見たらわかるわ!」と言われ「他の社員もみんな言ってるわ!お前のしている事がこうやって細かい事にまで信用を無くして行く事を覚えておけよ!」「お前、自分の子供にお父さんはこんなことしてるんやぞと言えるのか!」とたたみかけられました(笑)じつは先日提出した残業代請求への腹いせなのです。

 残業代請求を提出した当日は「お前の旦那がこんなことしていることを知っているのか奥さんに確認する」と言って別の社員(仕事の出来ない息子)といっしょに自宅まで押し掛けて来ました。(家内は保証人でも何でも有りません)今までの自分でしたら間違いなくキレてもしかしたら社長を殴ってたかも知れません。これをうちの社長は待っていると確信してます(笑)ブラック社長はこのように回りの社員からの隔離や嫌がらせをして社員から「辞めます」の言葉を引き出そうと必死です。(相当暇人でもあります)

 同じような環境下にいる方!悔しいでしょうけど極めて冷静に行動して下さい!僕はうちの社長には「僕が居続けること」が最大の攻撃であり防御だと思っております。そして新世紀ユニオンの「備えて後闘う」の精神にも繋がると思います。

 幸いなことにブラック社長の手口は陰湿では有りますが極めて単純であるということです。どうしても苦しくて耐えられない時はいっしょに闘いましょう!新世紀ユニオンはそんな仲間の結集体であると確信します!
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「ホワイト企業の社長理念」

 「富士そば」創業者の“超ホワイト”な経営哲学に絶賛の嵐
“超ホワイト”な経営理念に感動するユーザーが続出
立ち食いそばチェーンの「富士そば」の創業者が、自身の経営哲学をインタビューで告白。その“ホワイトぶり”に絶賛の声が集まっている。富士そば(正式名称は「名代富士そば」)は、1966年創業の24時間営業の立ち食いそば店。首都圏を中心に国内外100店舗以上を展開し、大半が駅前に位置するため、「富士そば」と大きく記された看板は、首都圏在住者にすっかりおなじみのものとなっている。

 話題となっているのは、「週プレNEWS」に掲載された富士そばの会長・丹道夫氏のインタビューだ。何度も失敗を繰り返し、不動産や立ち食いそば店の経営でようやく成功を手に入れたという苦労人の丹会長は、“ブラック企業”と呼ばれる会社について「なんでブラックにしなくちゃいけないかね。ちゃんと待遇をよくしてあげれば、みんな働くし、自分も楽ができる。どうしてそんなことをするんだろうね。ああいう企業の経営方針はよくわからない」と、厳しく批判。「従業員の生活が第一」を経営方針に掲げ、アルバイトにもボーナスや退職金を支給しているという。

  「売り上げを増やせば、自分たちに返ってくるとわかってるから、僕が何も言わなくても、なんとかして売りたいといろいろ考えてくれる」「みんなにお金をあげれば、やめずに働き続けてくれるでしょう。従業員は資産だから」「自分でもよくここまで来たなと思う。それはやっぱり、みんなのおかげだね」と、独自の経営哲学と、従業員への感謝の気持ちを述べている。

 長時間労働、サービス残業、不当なノルマ設定、パワハラなどがたびたびニュースになるなか、立志伝中の人物の“超ホワイトな経営哲学”は、多くの人の目に新鮮なものと映ったようだ。ツイッターには「めっちゃホワイトこんな会社で働きたいな~」「この記事読んで泣きそうになりました。どこぞの会社の社長見習え!!」「なにこのすばらしい経営理念。知らなかった。どの回答もよくて抜き出せないほどだ。次に外食するときは富士そばにする」「超理想的な経営者じゃないかバイトは可能ならここでしたいよなあ」「めっちゃいい。これ絶対読むべき。気持ちがあったかくなるね。どうせ働くなら、こんな人の下で働きたいし、貢献したい」と、社長の理念に強く賛同する意見が多数登場。また、

 現在国内の店舗は、東京、神奈川、千葉、埼玉の1都3県での展開のみだが,「大阪にも富士そば出店してほしいですわ」「北海道に富士そばカモン!」「富士そばはさっさと京都に出店してくれ」
「富士そば福岡に出店してくれ」と、ほかの地域からもラブコールが殺到している。丹会長の経営哲学によって、富士そばの“名声”は全国区になったようだ。

  これはネットニュースからの抜粋ですが、たまには少し目線を変えた投稿も有りかなと思って投稿しました。信用を築くのは本当に時間はかかりますが,信用を無くすのは一晩で無くすということを企業はしっかりと認識して貰いたいと切に思います。そこで働く労働者にも、そして一番はお客さまにです!
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読書感想文 日本の大学で起きていること

 *橘木俊詔著『経済学部タチバナキ教授が見た*ニッポンの大学教授と大学生*』(東洋経済新報社)〔2015年1月発行〕
*日比嘉高著『いま、大学で何が起こっているのか』(ひつじ書房)〔2015年9月2刷発行〕
*矢野眞和著『「習慣病になったニッポンの大学」(日本図書センター)〔2011年5月発行〕
*山本健慈著『地方国立大学一学長の約束と挑戦』(高文研)〔2015年3月発行〕

 【1-1】
 上記4冊の著書を読む機会があった。大学を論じたものは他にも目を通しているが、今や21Cの「大衆的大学の時代」が直面しているさまざまな問題と課題を考えるうえで、上記4冊はとても刺激となった。しかも、大学問題の最前線を見つめる上できわめて示唆に富むものであった。

 扱われている範囲は多岐にわたり、しかも4冊の書物をない合わせて論じるなどということは、私には任が重すぎる。あくまで今私が直面している事態からくる関心事に絞らざるを得ない。

 大学と言っても、国立、公立、私立、大学院大学、いちばんポピュラーな多学部を擁する4年制大学、単科大学(せいぜい2学部程度)、短期大学・・・とさまざまに歴史や実態の違う大学が並立している。

 ある人は言った。「公立や国立とは違うんですよ。ここは私学だから」何度か、何人かから聞いたセリフである。21Cの今日まで大学数の変遷はあったが、上に見たように「国立、公立、私立」の、前2者とあとの私立では、存立基盤がちがうことは、言わずもがなのことである。それを上にあげた「公立や国立とはちがう」ということを強調するのは、「学生が集まらなかったら、大学はやっていけない。あれこれ大学としての条件面での不備があっても、それは徐々に改善していくしかない。要は、資格試験、採用試験などに好成績をあげ、学生が集まることに意を傾注しなくては将来がない」と、言いたいのだろう。事実、大学受験専門の「塾」と提携し、定員割れが起こらないようあれこれ細工いている大学もある。

 視点を変えて、大学による大きな差に当面目をつぶれば、橘木氏の書の題名になっている「ニッポンの大学教授と大学生」の実態はどうなっているか。出版社の「売らんかな!」の意図がそうさせるのだろうが、この本の表紙は次のように書かれている。「大学教授=研究せず講義は教科書棒読みで/週休5日、学会出席と称して観光旅行、それでも年収1000万円超」「学生=講義中はスマホに没頭、中学の英語もわからない、小学生より勉強しない」。「ここまで、ぬるま湯!」だと。むろんカリカチュア化されていて、本書を読めば決してそういった内容の書ではないことはすぐに分かる。以下に、章と若干の節を示す。

 第1章
 ―大学教授ほど気楽な商売はない=社会はもはや大卒者をエリートと見なさない/「互いに干渉しない」という学界の不文律/研究も教育もしない教授は何をしているのか・・・

 第2章
―揺れる学問の自由、広がる格差=15%と50%の壁――トロウの高等教育発展過程モデル/もはや〝象牙の塔〟ではない/影響力を増す外部アクターの存在とは/大学が〝評価〟にさらされる時代/〝三教〟の弱体化を目指す文科省/フンボルト理念の終焉――研究と教育の機能分化/アメリカ的大学運営への危惧/研究者として生きるか、教育者として生きるか・・・

 第3章
―紀要、教科書、非常勤――知られざる〝大学偽装〟のカラクリ=シビアな理系とぬるま湯の文系/大学の紀要が学生に無料で配られるカラクリ/一流私大の教員の6割を占める非常勤講師/1コマ7000円でおしつけられる授業・・・

 第4章
―日本の大学生が勉強しない本当の理由=企業は学生の成績など見ていない/なぜ体育会系が就職で引く手あまただったのか/クラブ活動やサークル活動に励む学生/アルバイトに明け暮れる学生、教員採用時に「模擬授業」を課す大学が増加/学業に励むことこそが将来を切り開く道

第5章
―全入時代で大学はどう生き抜くべきか=大学全入の是非/教育産業は重要である/中堅・下位私立大の進む道/高等教育進学率80%の意味

 全5章、その章のもとに展開された節の主な項目を抜き出した。表紙の文言から受ける印象とはえらく違う、本格的な「大衆的大学時代」の《大学論》だということがお分かりになるだろう。

 この本全体をながめて、やはり私の関心は第2章にある。18歳(から20歳くらいの)人口の50%超す若者が、とにもかくにも「大学」という場所にやってくる。この急激な学生の増加は、日本の場合その8割が私大に集まってくる。国公立はわずか20%。(アメリカはその逆で、80%が公立=州立、20%が私立だという)。この20%の大学に勤務する教員は、大学院を出て助手などに採用され、かつてであれば専任講師、助教授、そして教授と職位があがっていく。その間に橘木氏が指摘するように、ほとんど研究もせず「論文」も書かず、まして「著書」も出さず、教授という「特権的地位」に長くとどまる。「講義」と称して、自分なりの「考え」をマイクをとおして90分(実質70分ほど)つぶやき、責めを防ぐ。研究室はセカンドハウスのようである。こうした生活を長年やっていくことから「創造的営み」としての研究、探究、学生指導が生まれてくるとは思えない。大学しか知らない教員は、しかし、教員免許をもっていなくても「講義」をする。しかし、こうした〝象牙の塔〟は、もはや過去のものであり、なおそれにかじりついていては学生から見放されるばかりである。

 【1-2】
今や時代は大きく動き、こうしたありようは許されなくなっている。あまりにも大衆化した大学、それも800近い大学が林立しているため、ごく少数の「正規のルートをとおって教授になった人たち」だけでは、どこの大学も教員がたりなくなる。とりわけ、15%時代の大学と違い、大学に入ってくる学生も多様化している。どこの大学も「入学時の大学導入教育(リメディアル教育)」が不可欠になっている。そうした必要を満たすには、小中高校の現場で教員をしてきた現場経験者や新聞記者その他の社会経験を積んだ人を大学に招き、そういったニーズに応えなければならない。そこで、研究と教育の機能分化ということが、大学レベルと大学内レベルで否応なく進むことになる。

 文科省が1900年から2000年の間に進めてきた「大学院重点化」の取り組みは、こうして大学レベルの格差づけの必要からも文科省の意図する「研究と教育の機能分化」を促進することに成功したのだ。

 この動きを外部から加速したのが、橘木氏が指摘する「外部アクター」という条件であった。一つは、2000年から3年ごとに行われている「PISA」の結果への神経質なまでの一喜一憂である。「PISAショック」と呼ばれる。日本も2003年の調査結果による「学力の危機」を機に、いわゆる〝脱ゆとり〟教育に舵を切った。もう一つ橘が木氏指摘する外部アクターは、広い意味での「教育ビジネス」である。各メディアが競って発表する「大学ランキング」という情報に翻弄される高校、大学の姿である。さらには、経済界と称される企業群がもう一つのアクターであると、橘木氏は言う。この三者のアクターを、総じて「近年の大学教育は、国家の主導による改革・拡大路線を走り、国際機関の評価や教育産業からの圧力にさらされている」と説明している。


 【1-3】
かくて、21Cに入ってからの大学は「〝評価〟にさらされる時代」に入っていったのだ。2004年の「国立大学法人化」以来、財界・政府・文科省は、これまで「大学の自治」を盾に大学への政治的介入を阻んできた大学を、自由にあやつれるようになってきたのである。つまり、大学にも徹底した競争原理を導入し、「大学予算」を握る文科省を梃子に、大きくいって三分割していくことに成功した。

 すなわち、その歩みは、この橘木氏の本の第2章「トップ・サーティーからトップ・フォーへ」、個々の大学の評価に応じて、財政支援をはっきりと「格差づける」、まさに兵糧攻めという脅しでもって、言うことを聞かせていく手法を、財界・政府・文科省は駆使してきたのである。

 そして、それを容易に達成するための〝三教〟=大学教授会、地方教育委員会、日教組、この三つの「教」の排除・弱体化をあらゆる教育政策の大前提としている、そう橘木氏は指摘する。ここでは、最初の「教」と挙げられている「大学教授会」弱体化の実態を、現実に照らして見ていきたい。

 長きにわたり、大学運営は学長・学部長の選挙による選出、それを基にして教授会自治が貫かれてきたと言われる。この「教授会の牙城」を崩すため、まず「学長権限」の強化を、先の「予算」を梃子にして図ってきた。

 この本では、2007年に行われた国立の山形大学の学長選挙が取り上げられている。それによると、「学内意向聴取」と呼ばれる教職員の事前投票の結果を、学外の有識者を含めた選考会議で覆すという異例の事態が起こった。従来は絶対視されていた教職員の意向が尊重されず、事前投票で2位にとどまった人物が学長に選出されたことから大きな混乱を招いたとある。橘木氏がすぐあとの記述で加えているように、

 最近はほかの大学でも、教授会がいったん決めた人事を、学長とその周辺の経営幹部がひっくり返すという同様のケースが相次いでいると。

 同じく国立の長崎大学でも、同様なことがあったと、冒頭に掲げた日比嘉高氏の『いま、大学で何が起こっているのか』でも、取り上げられている。この書の第2章は、まさにこの書の題名と同じ「大学をめぐって、いま何が起こっているのか」に当てられている。

 その第2章の末に、[補足のコラム]として二例挙げられている。

 例1「ガバナンス改革か、恐怖政治か」では、新学部構想において行われた学長による「学部長指名」と、付随する全学の「人的資源」の再配分。その後に、長崎大学による文科省向けのヒアリング資料も出てきたとして、驚くような「機能強化」の具体例が出ていることを、列挙している。その要点を書き抜いてみよう。

 「学長は、特に必要があると認めたときは、部局長を指名することができる」

 「全ての新任・再任部局長に、学長が提示する諸課題についての方針を、役員懇談会での意見交換を経て、教育研究評議会で所信表明させる」

 「部局の運営に関する重要事項の審議機関として学長(理事)が出席する部局運営会議を設置」

 日比氏は、この「機能強化」の具体例を通して、「学長の方針に沿わない部局長の存在は、認められないと言っているのと等しいように、私には見える」と、コメントしている。

 例2「文系新学部構想の困難」では、2014年4月に新設された「多文化社会学部」のことを取り上げている。この新設学部は四つのコースから成る。

 1、グローバル社会コース 2、共生文化コース 3、社会動態コース 4、オランダ特別コース

 この新学部で育成する人材として次の3点があがっている。
 ・高度の英語力とコミュニケーション能力を持っている
 ・文化的多様性の意義を理解できる
 ・共生的な関係を築き問題解決に向けて行動する(同学部HPから)

 そのHPによれば、さらに細かく ・英語力の強化プログラムをもち ・フィールドワークに力を入れたり ・学生の留学支援を積極的に行ったり ・1年生を原則寮住まいにして留学生と同部屋になるよう配慮したり、と。日比氏はこうした方向性を評価しながら、しかし、学生募集にひどく苦労している実情を挙げている。つまり、定員割れをおこし、国立大学で二次募集しなければならない事態が起こった。

 この事態は山口大学の新設「国際総合科学部」においてもみられると言うことで、人文・社会学部という従来の学部設置なしに新しい学部を「グローバル」「国際」…と冠する新設学部を作っても、簡単には高校卒業生の関心を引かないということではないかと、日比氏は見ている。


 【1-4】
こうした動きに符合するかのように、国立大学法人評価委員会が、「〈国立大学法人の組織及び業務全般の見直しに関する視点〉について(案)」という文書を2014年8月4日の日付で出した。

 この「提言」は、ごく簡単に言えば、教員養成系・人文学部系は縮小していき、そういったところには今後カネをかけないということを宣言したものだと、受け取られている。その理由として、「18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等」が挙げられており、その結論部分は、「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換」が歌われている。

 こうした「提言」が出てくる背景には、何があるのだろうか?文科省は、戦後大学改革が進まないできた原因を〝三教〟に求めてきたことについては、先に少し触れた。その排除・弱体化こそが狙いであるのだ。その〝三教〟とは、繰り返せば大学の教授会、教育委員会、日教組を指していると。しかし、日教組は数県を除けば組合員を大幅に減らして弱体化しており、どれほど学校現場にとって重大な課題であっても教育委員会、そして文科省相手に交渉をうつ力量を、もはや持ち合わせてはいない。次に、教育委員会は、文科省が「学力テスト」をはじめ、さまざまな教育施策を現場にむけて貫徹させるためにも、なくてはならぬ組織である。

 残る大学教授会、これこそが、文科省にとって、学長権限を強めその力を空洞化したい相手である。これまで学長始め部局長などは、教授会による選挙や意向で決まってきた。それが大学政策を文科省の思うように徹底してこれなかった原因だと。この文科省の意向を受けて、「教授会の自治権を弱める一方、学長や学部長の権限や指導力をもっと強化すべきという雰囲気が、大学運営の現場にも広がってきているのだ」と橘木氏は指摘している。その具体例が、先の山形大学であり、長崎大学であるのだ。

 ある新設大学では、ある学部の教授会を教員の強い要求があって、ようやく開くようになった。が、定例化したものの、不規則発言が出てこないよう、あらかじめ「(委員会の)主任」で調整し、議事に取り上げない策を弄している。また、同じ大学のもう一つの学部は、教授会が開学以来一度も開かれていない。そういうことが許されないと教員が指摘すると、毎朝強制的に開いている「朝礼」が教授会だと強弁する。

 こうしたことも、勝手に「学長」「学部長」と称している人たちの、大学運営を支配するため周到に準備してきたことが、一見功を奏していると言えるだろう。こうした体質は、多くの大学でみられることだが、いわゆる「中高一貫校」から立ち上がってきて大学を作った大学におおむね共通しているだろう。

 こうした大学は、塾や予備校と提携し、「偏差値」のみを尺度にして大学受験させており、入り口として「どこそこの大学に何人合格した」ということだけを、もっぱら宣伝している。大学4年間でこのように人間的に成長して卒業し、社会の有用な人材となっていくと言うことには関心がない。インプットの部分だけが関心事であって、大学在学中にどういうことが学生に起こっても、中退しても、そのことを大学教育の課題とは考えない。卒業生が社会に出てから追跡することなどは、やる必要を感じていない。


 【1-5】
こうした事態を見るにつけ、戦後70年経過し、拡大の一途をたどってきた日本の大学教育が、今さまざまな変化に直面しているという橘木氏の指摘に頷かざるを得ない。その「変化」を、橘木氏は5点に要約している。要約してみるとこうだ。

 (1)世界の新自由主義の流れが教育行政にまで及び、・・・民間企業的な発想による経営手法や競争原理が大学運営に持ち込まれ、目に見える成果や業績が問われるようになった。

 (2)大学が教育産業やメディアなど外部からの評価によって強いプレッシャーを受ける時代になった。各種のデータに基づく評価やランキングが、大学間・学部間の差別化を促している。

 (3)大学に求められる役割として、企業社会で通用する人材を輩出ための教育機能が今まで以上に重要視されるようになってきた。・・・昨今は企業の資金不足から即戦力の人材が求められ、学生が大学でどういう教育を受けてきたかが問われるようになった。(新設大学の場合、1期生がどういった人材を社会に送り出せたか、単に採用試験とか国家試験の合格率ではなく人間的な成長を遂げたかが問われることになる)。

 (4)上とも関係するが、大学の教育の質を担保する目的で学生が授業の内容を評価し、その評価を教員の昇進や報酬に反映させる「授業評価制度」が、標準的に導入されてきている。

 (5)(これがきわめて重大であるが)研究と教育の機能分化が明確になってきた。これもアメリカですでに定着しており、それを踏襲しようと力を入れている。日本のある大学の学長が、「うちは研究大学ではなく、教育大学なのだから、研究はやらなくていい。論文を書いている暇があったら、もっと学生の面倒をみよ」と言っている。

 この言い方は、大学の事務職の人数を規定よりずっと減らし、教員に事務的なことを丸
 ○投げしているある新設大学の行き方と軌を一にするものだと言えるだろう。


 【1-6】
かくて、研究中心の大学院大学と、経済界の要請に応える技術・技能的人材の輩出を期待される教育中心の大学と、地域のテーマ・課題を請け負い、少ない予算で特色ある大学・学部として成果を上げることが期待されている地方大学との三つに「機能分化」され、大学予算もそれに応じて文科省が裁定して分配するという支配の貫徹が目指されていると言えよう。文科省の大学の差別化はここに見事極まれりということか。

 しかし、限られた予算の中でも、地方国立大学がどういう方向をめざしたらいいか、真摯に模索している大学は多いに違いない。『消える大学!生き残る大学!!-ネットワーク多摩に見る、あるべき大学の姿』(細野助博・大重史朗著、中央アート出版社)に詳細が報告されているが、都心の大学に行きたがる若い世代の若者を「郊外型大学」に引きつけるための「生き残る道」を実験的に模索した歩みを記述した本である。

 また、冒頭の4番目に挙げている和歌山大学学長の山本健慈氏の書物には、学長6年間の「苦闘の姿」が刻み込まれている。「(このままでは)地方国立大学は『壊死』してしまう」と訴え、文科省の交付金の充実を他大学にも呼びかけ、2015年3月には東北大学など5国立大学長と共に東京で記者会見を開いた。また、学長として掲げたスローガンは、「生涯あなたの人生を応援します」と。人間関係が苦手な学生たちに「育ち直し」をしてほしいとの願いからだという。毎日新聞日下部聡記者は、山本氏のインタビューで、「東日本大震災では福島大や岩手大が復興の研究拠点になっている。大学が分散してあるからこそ、多様な環境で多様な人材が育つ」と、学生たちの変わっていく姿を通して語る言葉を記録している。

 他にも文科省の「兵糧攻め」のような恣意的な予算(大学交付金)分配に抗して、地域のニーズに応える研究と教育に力を入れている大学は多数あるにちがいない。そういった取り組みを丹念に追跡し、「研究あっての教育」、そのための「学ぶ自由」「表現の自由」を山本氏とともに体現していくことを肝に銘じたい。
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