新世紀ユニオン発行のニュース

ブラック病院との闘いの決意!

 約25年前、当時25歳だった私は、これ以上年齢が上がると転職の条件が年々悪くなって行くと予測し、慎重に職場選びをし、時間をかけてゆっくり再就職先を探していました。

 そんな中の一つが、今闘いの相手となっている小阪病院でした。実は私は小阪病院の面接を受ける直前に、他病院の院内保育所への就職がほぼ内定し、小阪病院は職安からの紹介という事で、取り敢えず面接を受けるだけ、という状態になっていました。採用試験と面接の結果、小阪病院から採用の通知が届き申し訳ない思いで辞退の連絡を入れました。

 が、当時の総務課の係長や専務から、直に自宅に電話が何度も入り、「院内保育所を一から立ち上げて欲しい」という熱い勧誘を受けました。強い思いに心をうたれ、結果、私は、小阪病院に就職を決める事になりました。

 当時、病院のトップであった専務は人望厚く、非常に民主的な方でした。福利厚生も手厚く「企業は人なり」が口癖の方でしたので、それは職場の雰囲気も良く、建物は古かったのですが職員は皆、自分や職場に誇りと自信を持ち生き生きと、笑顔で輝きながら仕事をしていました。

 私は、大役ではありましたが、全面的に保育所設立の仕事を任され、しんどい事ももちろんありましたが、私を信頼し全てを任せて下さった専務の為に「素晴らしい保育所を創ろう」と、それは一生懸命だった事を今も克明に覚えています。とても楽しい時代でした。

 良い所に就職出来て本当に良かったと心から思っていました。しかし、その数年後当時の総務課の課長が地位や金品を与える事で、部下や他の職員を自分に手繰り寄せ、結託し専務を自己退職に追い込む陰謀を企てたのです。

 既に退職年齢は超え、専務理事となっていた専務は、部下の裏切りに失望されたのか、多くの職員や、業者の方々から惜しまれながら小阪病院を自ら去られました。私はそれは専務に大切にして頂いていたので、やりきれない悔しさと悲しみで涙が止まらなかったのを今でも忘れません。

 当時、皆が予測した通り専務が去られた後、小阪病院のブラック化は急速に進みました。私は小阪病院に来るまでは通常の保育所にいましたので、大きな組織の派閥や汚さという物を全く知りませんでした。しかし実際小阪病院に入職し現実にその場面に遭遇して、こんなドラマの様な、いやそれ以上に恐ろしい現実が存在するのだと今も毎日実感しています。

 私は、人間はこの世に生を受ける時、神様から何かしら「使命」を与えられると思っています。私がこの様な経過で小阪病院に入職し、人と出逢い、今、新世紀ユニオンに身をおいて闘っている事は、「神様からの使命」なのだと思っていす。私は全くの無宗教ですが、そんな風に強く思います。

 いくら楽天家の私でも、正直しんどい事も沢山ありますが、こんな場にすら出て来る事の出来ない、今、職場でいじめにあって、もがき苦しんでいる多くの労働者の方々の為にも、私が声を大きく上げる事により、ブラックを封じ込める法律作りの、小さな一つのきっかけになればと思っています。専務が残して下さった「企業は人なり」私の大好きな言葉です。

 私の尊敬する、大好きだった専務がいらっしゃった頃の小阪病院にはもう戻る事は出来ませんが、少しでも、その「古き良き時代」に戻る事が出来たらと願っています。患者さんへの人間的扱いや、職員へのパワハラをやめさせ、評判のいい小阪病院を作るために闘い続けます。

 闘いは始まったばかりです。今、スタートラインに立った所です。委員長や弁護士の先生方、組合の皆様の御指導、御誘導の元、「漆黒と化してしまった小阪病院」と真正面から向き合い、正々堂々と最後まで闘い抜きたいと思います。頑張ります。
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