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新世紀ユニオン発行のニュース

新入組合員として

 この度、新世紀ユニオンに正組合員として加入しましたので、一筆寄稿させていただきます。

・新世紀ユニオンと私

 私と新世紀ユニオンとの出会いは、今からちょうど1年ほど前、悪名高い関西学院大学社会学部の金明秀暴力教授の一件につき、団体交渉をする直前のことでした。

 それ以前から被害者の先生と親交のあった私は、団交の一件を聞きつけ「ぜひ参加させてほしい」とユニオンの門を叩いたのでした。

 この1年、サポート組合員として登録はしたものの、その他団交のお手伝いが1回程度ぐらいしかできていませんでしたが、このほど正組合員として加入し、ユニオンと仲間の組合員、自分たちの雇用と労働者としての権利を守るべく、微力ながら力を尽くしたいと考えています。
 
・「労働組合」のイメージ

 新世紀ユニオンと出会って私が思ったことは「こんな組合がまだあったか」ということでした。「こんな組合」とは、御用組合でない、労働者の権利擁護のために徹底的に戦う組合のことです。

 私は日本の労働組合史には疎いですが、1989年に「日本労働組合総連合会」(連合)ができて以来、「労使協調」の美名のもと、日本の組合は死んだものと考えていました。

 もはや、経営者の言うことばかりを聞き、低賃金や過酷な労働条件に苦しむ労働者を目腐れ金でなだめすかし、搾取を追認するところばかりで、頼りにならない御用組合ばかりであると考えていたのです。

 この他にも、非正規雇用の人々を全く助けようとしなかったり、組合員を政治運動に利用するばかりであったり、労働運動を名乗りながら実際にやっていることは強請そのものであったり、悪質な組合の話は枚挙に暇がありません。

 事実として、このような悪質な組合に失望し、新世紀ユニオンにやってきた仲間の話も、組合員になってから少なからず耳にしています。

・かつての労働組合を窺う (うかがう)

 日本の労働法学の父と言われるのは、末弘厳太郎博士(1888~1951)です。かつて労働者の権利など軽んじられ、労使問題は商法の一問題にすぎないとして扱われていた戦前の世の話でした。

 末弘先生は、戦後は労働三法の起草にも携わり、1947年には中央労働委員会の委員長にも就任されました。

 1951年、末弘先生の死に際して、門下生であった戒能通孝博士が雑誌『法律時報』に寄稿しています。(『法律時報』1951年10月号「末弘厳太郎先生 評論家としての業績」。

 2008年に戒能通孝博士生誕100年を記念して慈学社より出版された『法律時評1951~1973』に収録されていますので、興味がおありの方はお手に取ってみられてください。)以下、やや長くなりますが引用します。(カッコ内は筆者の補足です。)
 
(末弘)先生にとっても労働法学にとっても極めて不幸だったのは、組合に対する政府の弾圧が激しければ激しかっただけ、組合の指導者がとかく結集を焦って急進化し、組合大衆からしばしば浮き上り、永続的な団結を作り損なったことである、組合幹部達の間でも、政治的イデオロギー抗争に専念し、組合の内紛・分裂を促進しただけでなく、甚だしい場合には組合を私有視していた事例すらなかったとはいえなかった。

(中略)

(末弘)先生にとっての関心は、いかに微弱なまた前資本主義的な意識形態をもつ労働者であろうとも、その人がともかく失業を心配し、低賃銀に苦しんでいるかぎり、教育啓蒙の努力が重なれば、組合の組織が固まらないはずがないという確信だった。

先生はこのためには封建的労働関係と考えられるものについてすら、それを労働者の福祉増進に役立つものならば、利用する可能性があるのではないかとまで、へり下られたことがある。

 末弘先生について強く非難する人は、この点において先生をオポチュニストであったとも、日和見主義だともいうであろう。

 先生はこの種の非難のあることを承知の上で、一言も弁解はせられなかった。

 だが今にしてもう一度先生の業績を検討すると、先生をオポチュニストと非難した人もしくはその相続人達が、過度に組合員をひきずり回し、大衆自身の気持にまで滲み込まない政治闘争に駆り立てた結果、却って大衆をおじけづかせ、自由党(当時)内閣の労働省あたりから、労働委員会すらもぶち壊し、政府による労働管理を実施するなどという、まるで組合をなめ切った政策を立案される基礎を作っていたのではあるまいか。

 労働組合の組合員およびその家族に当る人達が、いかに公務員であれ、教員であれ、また会社事務員であるにせよ、自由党候補者に投票するなどということは、一寸考えられない珍事である。

 それにもかかわらず組合員の大半を、自由党候補者に投票させるような状態に放置しておきながら、自らは共産党政治局員ででもあるかのように飛び回った若干の革命的労働者達の間から、末弘先生に対する非難がでたことは、明かにそれ自体間違った非難であった。

 先生が労働法について心がけておられたのは、いうまでもなく人生の智慧であり、そして組合に対して揺ぎなき忠誠を捧げる組合員の育成だった。先生はこのためにはどんな意識の低いところにも理解し得るいろいろな提案を考慮し発表されていた。

 1951年に書かれたこの戒能先生の文を読んで、耳の痛さを感じるのは私一人だけでしょうか?ここから68年、日本の労働者の置かれた環境はますます厳しくなる一方、低賃金や労働環境に苦しむ労働者の声に虚心坦懐に耳を貸し、これらの人々の権利擁護をする受け皿はあまりにも少ないと言わざるを得ません。

 付け加えるならば、現政権は経団連はじめ財界の代理人であり格差の拡大と搾取構造の強化を目指しているのが明らかにも関わらず、野党が有権者から嫌われているのは、これら政党とそれに連なる人々が、口先だけは美辞麗句を並べていてもその本質において労働者の味方ではないことが大衆に見透かされているからだと私は思います。

 いわゆる「リベラル」に対する反感が世界中に高まっていることもそうです。このような中、今こそ労働者一人ひとりが、自らの雇用と権利を断乎として守り抜く、そのために組合と組合員が結束するという、至極当たり前ではあるが簡単ではないことの重要性は、何よりも増していると言わねばなりません。

・権利は自分の手でしか守れない

 自分の権利は自分の手でしか守れません。この厳粛きわまる事実に直面したとき、その人が本当に試されるときであると思います。

 人が一旦苦しい立場に立てば、とかく小利を追い、あつかましくなり、強いと思われる側にばかりなびき、簡単にかつての友を裏切り、苦境に立った人をさらに追い込み、醜悪な行動に走りがちです。

 同時に、無私からくる人間的な純粋さや高潔さがあらわれることもこういった場合であるように思います。

 ブラック経営者の不当な搾取やパワハラに一人で立ち向かうことができなくても、組合という受け皿があり仲間がいれば立ち向かうことはできるはずです。

 ますます搾取構造が強化されつつある今、組合員である我々が労働組合としてなすべきことをなすこと、決して目立たなくても目と手の届く範囲内で仲間をつくり搾取やパワハラを許さないことが、いかなるデモや集会よりも効果的であると確信しています。

 角野委員長、組合員の仲間たる皆様、今後ともよろしくお願いいたします。
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